雑学

天皇になろうとした僧侶「道鏡」

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まもなく126代の天皇陛下が誕生しようとしているところですが、紀元前600年から血筋を絶やさずに繋げてこられたというのは世界的に見ても非常に珍しいことです。

しかし、世襲によって皇位継承がなされてきた歴史の中で、世襲以外で天皇になろうと目論んだ男がいました。それが奈良時代を生きた「道鏡」という男です。

 

道鏡という男

 

道鏡は、飛鳥時代に弓削氏と呼ばれる弓を製作する職人たちを統率する一族の人間として河内国(現在の大阪府)に生まれましたが、若い頃から出家し、禅や占星術、気功などに通じていたことで知られた男で宮中の仏殿への入場も許されていたほどでした。

 

孝謙天皇

 

道鏡が朝廷に出入りしていた頃の天皇は、聖武天皇の後を継いだ娘の孝謙天皇でした。孝謙天皇は藤原仲麻呂(恵美押勝)の協力の元に政治を行いますが、自身の病気の母の看病を理由に譲位します。母が亡くなると気落ちした孝謙上皇は病に伏してしまいます。

 

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道鏡による看病

 

病に伏した孝謙上皇を看病したのが道鏡です。看病といっても当時に医学などほとんどなく、道鏡にできるのは「加持祈祷」を行い仏様に願うことだけでした。道鏡は、献身的に孝謙上皇に尽くし、そんな道鏡に対して、孝謙上皇の心はみるみる惹かれていったようです。

 

道鏡の朝廷での出世

 

史実なのかただの俗説なのか分かりませんが、看病しているうちに二人は恋仲になったようです。孝謙上皇に寵愛された道鏡は次々に出世し、朝廷の中でも大きな影響力を持つようになっていきます。

そんな中で孝謙上皇に危機感を覚えた二人がいました。

 

恵美押勝の乱

 

時の天皇であり孝謙上皇から譲位された淳仁天皇と太政大臣である藤原仲麻呂(恵美押勝)は、孝謙上皇と道鏡の関係に焦燥を深め、恵美押勝はついに反乱を起こすことを決意しますが、この計画は、後難を恐れた様々な人物たちから孝謙上皇と道鏡の耳に入れられます。

恵美押勝が起こした戦乱も1週間で制圧されてしまいます。

藤原仲麻呂らの勢力は朝廷から一掃され、淳仁天皇も廃位され淡路国に配流されてしまうのでした。

 

孝謙上皇の重

 

恵美押勝の反乱を制圧した後、孝謙上皇は称徳天皇として重祚し、称徳天皇と道鏡を中心とした独裁政権が形成されることになってしまうのです。

そして称徳天皇は、道鏡を政界のトップである太政大臣と同等の地位となる太政大臣禅師に任命し、その後すぐに法王の位を与えます。これは天皇に準ずる待遇で、一介の僧が上り詰めるには高すぎる地位でした。

 

宇佐八幡宮神託事件

 

奈良時代の769年に宇佐八幡宮(現在の大分県宇佐市にある)から称徳天皇に対する「道鏡が皇位に就くべし」との神託を受けたと道鏡の弟である弓削浄人が奏上します。

つまり「道鏡が天皇になるといいよ!!」という御告げを宇佐八幡宮で聞いてきたと道鏡の弟が称徳天皇に報告したのです。

道鏡はそれを聞いて自ら皇位に就くことを望むのでした。

言わずもがな、日本の天皇は必ず血の繋がりのある皇族から選ばれることになっていますが、道鏡はもちろん皇族ではありませんので、道鏡が天皇に就くのはあってはならないことなのです。

称徳天皇は宇佐八幡宮から自分に仕えている和気広虫の派遣を求められますが、虚弱な広虫には難しいと考え、広虫の弟である和気清麻呂を派遣します。

 

和気清麻呂は天皇の勅使として宇佐八幡宮に参宮し、「必ず皇緒を立てよ、無道の人は早く掃除すべし」という神託を持ち帰ります。

これは、「日本はこれまでずっと皇族から天皇を立ててきたのだから皇族ではないものは即刻排除しなさい」という意味で、最初の御告げを完全に覆したのでした。

 

道鏡を天皇に就けたがっていた称徳天皇は和気清麻呂の報告を聞いて怒り、清麻呂を左遷した上で、「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」という名に改名させ、さらに大隅国(現在の鹿児島県)に配流して処罰してしまいます。また和気広虫にも「別部広虫売(わけべのひろむしめ)」というなに改名させました。

 

最初の御告げは称徳天皇と道鏡が仕組んだもので、それが和気清麻呂によって阻止されて称徳天皇は怒り狂ったのです。

 

 

事件後

 

事件の翌年770年には称徳天皇が崩御し、後の光仁天皇によって道鏡は下野国の薬師寺へ左遷され、772年にその生涯を終えます。

日本は1つの王朝が現在も続いている世界最古の国家であり、その系譜が途切れそうになるというのは非常に衝撃的な事件でした。

 

まとめ

 

宇佐八幡宮は現在は宇佐神宮と呼ばれ全国に約44,000社ある八幡宮の総本社の一つとされていて、今でも多くの参拝客が訪れています。ちなみに宇佐神宮の参拝は、通常の二拝二拍手一拝ではなく、二拝四拍手一拝となっており、伊勢神宮や出雲大社と同じ参拝方法になっています。

過去に皇族を巻き込み乗っ取ろうとした大事件の舞台になった神社にあなたも一度は訪れてみてはいかがでしょうか。

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かっつん

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はじめまして、かっつんです。 京都在住30代 このブログでは、様々な趣味や雑学の情報を発信しています。
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