雑学

平安京に遷都させた男 「大怨霊 早良親王」

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日本には三大怨霊と呼ばれる、崇徳上皇・平将門・菅原道真がいます。関東大震災後に再開発として大蔵省の仮庁舎を建てようと将門の首塚を撤去しようとした工事関係者、省職員、さらには時の大臣の相次ぐ不審死が起こったというエピソードはあまりにも有名ですが、その三大怨霊に負けず劣らずの大怨霊が「早良親王」なのです。

 

 

早良親王とはどんな人?

 

794年、都は長岡京から平安京に遷都されました。遷都したのは桓武天皇ですが、早良親王はその桓武天皇の弟として750年(諸説あり)に生まれました。幼い頃から英明と有名でしたが、母親の出自が高くなかったため、立太子(天皇の後継ぎとして皇太子となること)は望まれず、11歳のころ出家して東大寺に住み「親王禅師」と呼ばれていました。

しかし、781年の桓武天皇即位の際、桓武天皇が当時としては老年である45歳になっており、仮に桓武天皇が崩御した際にまだ幼い第1皇子が幼帝として即位してしまう、という事態を防ぐために、桓武天皇の先代である光仁天皇の勧めによって、早良親王が還俗して皇太子となりました。

早良親王は、亡くなった後に「崇道天皇」という称号を与えられていますが、皇位継承はしていないため、歴代天皇には数えられていません。

長岡京への遷都と藤原種継の事件

 

桓武天皇は長岡京に遷都することを望み、784年に平城京から都が移されます。新しい都である長岡京は、その造営のほぼ全てを桓武天皇からの信任が非常に厚かった藤原種継に委任されていました。

しかし、遷都後間もない785年のとある夜、藤原種継は長岡京の造営監督中に何者かに矢で射られ、翌日に亡くなってしまいます。桓武天皇が都を留守にしていた出来事でした。

桓武天皇は、犯人が万葉集の編纂に関わったことで有名な大伴家持を含む大伴氏他十数名として、捕縛し厳罰に処します。

大伴家持と深い関係にあった早良親王は、証拠もないまま、事件を企てた疑いがかけられ、皇太子を廃され、幽閉されます。早良親王は、絶食して身の潔白を訴えますが、桓武天皇は耳を貸さず、淡路島への配流の途中、無念のうちに命を落としてしまうのでした。

 

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早良親王の祟り

 

早良親王は没後、怨霊となって桓武天皇とその周囲に襲いかかります。

 

786年、寵愛していた后の藤原旅子の母が亡くなります。

788年、寵愛していた藤原旅子が朝起きると隣で亡くなっていました。

そして、790年には恐ろしい出来事が数多く起こります。

まず、母親である高野新笠が宮中で倒れて亡くなります。

そして、皇后である藤原乙牟漏(おとむろ)、女官である坂上又子が朝起きると隣で亡くなっていました。わずか数年で、桓武天皇の身近な5人もの人間が亡くなったのです。

そして、祟りは息子や民衆にも降りかかります。

皇太子の安殿親王の両耳が聞こえなくなってしまい、近畿地方で天然痘が流行し、長岡京では2度の大洪水が発生、その後には日照り続きになり、都を飢饉が襲いました。

 

陰陽師によって、数々の災厄の元凶が早良親王の祟りであると悟った桓武天皇は、遷都してからわずか10年で長岡京を離れることを決意するのでした。

 

平安京への遷都

 

桓武天皇は、早良親王の怨霊を徹底的に排除するため、風水・占い・迷信などを用いて、四神相応の地(玄武・青龍・朱雀・白虎、4つの神に守護された土地)に都を作ります。

それが、794年に遷都された平安京だったのです。

北には玄武の船岡山、東には青龍の鴨川、南に巨掠池、西に山陽道・山陰道。これが平安京の四神です。

さらには、スサノヲノミコトを祀った四つの大将軍神社を都の四方に配置し、上御霊神社と下御霊神社に早良親王自身を祀り、鬼門とされる北東の方角には、幸神社・上賀茂神社・下鴨神社・貴船神社と、これ以上にないほどの配置にしたのです。

平安京の名の由来も、「何事も起こらないように・・・」という願いを込めて付けられたと伝えられています。

こうして造られた都、平安京も残念ながら、早良親王の怨霊を排除することはできませんでした。

遷都後の797年には仮宮殿で火事が起き、翌798年には清涼殿の門に雷が落ちて焼け落ち、799年には朱雀門が完成した翌日に雷が落ちて焼け落ちるという災厄が続けて発生しています。

そして、800年には富士山の噴火が1ヶ月以上続いたという記録も残っています。

 

早良親王の鎮魂

 

桓武天皇は早良親王の怨霊を鎮めるため、800年に追号という形で早良親王に「崇道天皇」の名を送り、早良親王が天皇に即位した、ということにしました。それに伴い、淡路国に埋葬されていた早良親王の遺骸は、現在の奈良市八島町にある崇道天皇八嶋陵に移されています。

しかし、それでも早良親王の怨霊は静まらず、805年、ついに桓武天皇は早良親王に対する「謝罪の詔」を公式に発し、その後も、早良親王を鎮めるための神社が次々と建立されていきます。

806年には、桓武天皇崩御後に即位した平城天皇(安殿親王)が、現在の奈良市に崇道天皇社を創建します。皇太子の時代から早良親王の怨霊に悩まされ続けてきた平城天皇だからこそ、自らの代でも早良親王の魂を鎮めようとしたのだと思います。それほどまでに早良親王の怨霊とは恐ろしいものだったのでしょう。

現在の京都市左京区には崇道神社が創建されており、その他にも近畿地方を中心にいくつもの崇道天皇を祀った神社があるようです。

 

 

 

 

 

現代にも続く春と秋のお彼岸。

これは、806年に早良親王の鎮魂を願い、全国の僧が7日間続けて読経したのが始まりのようです。

今年のお彼岸には、ご先祖様だけでなく、遠い昔に無念のうちに命を落とした早良親王のことを少しだけ思い出してみてはいかがでしょうか。

 

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かっつん

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はじめまして、かっつんです。 京都在住30代 このブログでは、様々な趣味や雑学の情報を発信しています。
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