雑学

学問の神様「菅原道真」の祟り

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日本に数多くある天満宮、天満神社や菅原神社、天神社などとなっている場合もありますが、これらは全て平安時代の学者で死後、天神(雷神)として恐れられた「菅原道真」を祀った神社です。
京都の北野天満宮、山口の防府天満宮、そして、福岡の太宰府天満宮は日本三大天神と呼ばれている非常に有名な神社で、菅原道真が学問に精通していたことから、学問の神様として祀られているため、高校受験や大学受験の際に合格祈願のお参りをした方も多いのではないでしょうか。

 

しかし、今では学問の神様として祀られている菅原道真にも、多くの人々に恐れられる時代があったのです。

菅原道真の一生

 

菅原道真は845年に貴族の家に生まれ、学者、歌人、漢詩人、政治家などとして平安朝で活躍した人物です。幼い頃から聡明で異例の速さで朝廷の要職に就き、宇多天皇や醍醐天皇に重用され、899年には太政大臣・左大臣にならぶ、右大臣という役職に就きます。菅原道真の家格からすると考えられないほどの大出世でした。しかし、901年に、時の天皇である醍醐天皇を廃立し、娘婿である斉世親王(宇多天皇の第三皇子)を天皇として擁立しようとしたと、虚偽の申告をされ、罪を着せられ、当時大臣経験者の左遷ポストとなることが多かった大宰員外帥に任命(左遷)されてしまい、さらにはその子らも流刑に処されてしまうのでした(昌泰の変)。

これは、菅原道真の政敵で左大臣の藤原時平の仕業だったと言われています。

大宰員外帥とは太宰府の長官である太宰権帥とは一線を画し名ばかりの役職だったため、給与もなく、住居も太宰府政庁南にあった荒れ果てた廃屋で、太宰府本庁に入れてもらえないという、大変厳しい生活を強いられていたようです。

903年、菅原道真は失意の中、太宰府で亡くなってしまうのでした。

 

菅原道真の死後に起こった異変

 

菅原道真が亡くなったあと、京では異変が相次ぎます。

まず、菅原道真の政敵であった藤原時平が909年に39歳の若さで病没します。続いて、913年には、菅原道真が失脚することになった事件の首謀者の一人とされる右大臣の源光が仮の最中に泥沼に沈んで溺死してしまいます。さらに藤原時平の甥、外孫が次々に病死し、930年には平安京の清涼殿が落雷を受け、朝廷の要人に多数の死傷者が出る事件(清涼殿落雷事件)がおきました。そして、その事件を目の当たりにした醍醐天皇も体調を崩し、3ヶ月後に崩御したのです。

 

菅原道真の復位

一連の異変を菅原道真の祟りと恐れた朝廷は、菅原道真の罪を赦し、贈位を行うとともに、流罪になっていた菅原道真の子らを京に呼び戻されました。

菅原道真自身は、亡くなった20年後に右大臣へと復位し、さらにその70年後の993年には左大臣、同年に太政大臣が贈位され、名誉回復がなされたのです。

清涼殿落雷事件後は、菅原道真の怨霊は雷神と結び付けられ、朝廷は火雷神が祀られていた京都北野に北野天満宮を建立し、道真の祟りを鎮めようとしました。以降、100年間ほどは、大災害が起こるたびに道真の祟りとして恐れられ、各地にも祟り封じの天神様として祀られることになり、大災害の記憶が風化されるにつれて、菅原道真が生前学問に精通していたことから、全国各地の天神様は、学問の神様として信仰されるようになりました。

 

小倉百人一首での菅原道真

菅原道真は小倉百人一首にも歌が選定されています。

 

「このたびは 幣(ぬさ)も取りあへず 手向(たむけ)山 紅葉の錦 神の隨(まにま)に」

現代語訳は、

今回の旅は大変急なものだったので、道祖神に捧げる幣も用意できませんでした。手向けの山の紅葉を捧げるので、どうぞお受取りください。

ということだそうです。

梅の花を好んだと言われる菅原道真らしく、季節の情景が目に浮かぶような美しい歌を詠んでいます。

 

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菅原道真に関する梅と牛の話

 

菅原道真に関しては、梅と牛が大きく関わっており、各地の天満宮の多くも梅や牛が祀られていることが多いのです。

 

「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」

という歌は、菅原道真が京を去る際に、紅梅殿の梅に向けて詠んだものですが、梅の花を好んでいた菅原道真が、「春になったら花を咲かせて梅の香りを届けてほしい、主人の私がいなくても春を忘れないように」と願ったもので、非常に有名な歌として現代に語り継がれています。福岡の太宰府天満宮には、主人を失った梅が、菅原道真を追いかけて京から太宰府まで一晩で飛んできたという「飛梅伝説」が残っており、太宰府天満宮の境内には、樹齢1000年を超えると言われる白梅が神木として知られています。

菅原道真と牛に関する逸話は数多く残っており、「誕生した年が丑年である」、「太宰府への左遷の際は牛が菅原道真を泣いて見送っていた」、「菅原道真には牛がよくなついており、道真も牛をよく可愛がった」、「菅原道真の遺骸を載せた牛が座り込んで動かなくなり、そこが道真の墓所となった」などです。太宰府天満宮にも、座り込んだ牛の像が祀られています。

菅原道真を祟り神のように書いてきましたが、このように植物や動物にも愛される素敵な人物だったからこそ今でも天神様として人々に愛されているのではないでしょうか。

 

まとめ

 

以上、菅原道真について紹介してきましたが、これまで皆さんは、天満宮をただの学問の神様としてお参りしていたのではないでしょうか。

菅原道真が、天神様に、そして学問の神様になった背景を知った上で、もう一度家の近くにある天満宮をお参りしてみてはいかがでしょうか。

これまでとは少し違った視点でお参りができるかもしれません。

天満宮ではぜひ梅の木と牛の像を探してみてください。

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かっつん

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はじめまして、かっつんです。 京都在住30代 このブログでは、様々な趣味や雑学の情報を発信しています。
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